{SACD-HYBR} ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全曲 ヘッツェル(vn) ドイッチュ(p) (OVCL00386)
曲目・演奏者
●ブラームス:
[1] ヴァイオリン・ソナタ第1番 Op78
[2] 同 第2番 Op.100
[3] 同 第3番 Op.108
■ゲアハルト・ヘッツェル(vn) ヘルムート・ドイチュ(p)
ディスク・データ
HYBR-SACD// 国内盤 {DDD} Oc−エクストン*OVCL-00386
発売:93年/定価:3000円/録音:1992年/収録時間:67分
△SACDハイブリッド (CD / SACD STEREO / SACD 5.0ch SURROUND) / DSD方式 // HQ
△ライナーノート:H. ドイチュ, 浅里公三, 楠瀬寿賀子
コンディション
◇ディスク:A-/ 小スリキズ少しあり(強め*動作確認済)
◇ブックレット:A-/ ジャケ面にツメ咬み痕少しあり
◇プラケース:B+ ◇バック・インレイ白地部分に軽い変色あり ◇オビ:A-/ 小シワ少しあり
録音データ・その他
☆1992. 1 ウィーン・カジノ ツェガーニッツにおける録音。(D) 江崎友淑、(E) ロベルト・デ ゴトツィンスキー。
−オリジナルはPONY CANYON 録音。−ヘッツェルはユーゴスラビア王国 (現セルビア領内) 生まれ (1940- 92)。父はハンガリー人、母はルーマニア人とのこと。
5歳でヴァイオリンをはじめ、1952年 ルツェルンでヴォルフガング・シュナイダーハンに師事。1956年にはシュナイダーハンらと共にルツェルン音楽祭弦楽合奏団を結成しました。1963年のミュンヘン国際コンクールで入賞し、1964年からベルリン放送響 (現 ベルリン・ドイツ響) のコンサートマスターをつとめましたが、1969年 カール・ベームの推挙によって、ウィーン国立歌劇場 およびウィーン・フィルのコンサートマスターに就任。1972年からはヴィリー・ボスコフスキーのあとを受けて第1コンサートマスターとなりました。−しかし1992年 ザルツブルク近郊の山で登山中に転落し、病院で死去。ヴァイオリニストとして大切な手をかばった結果 死に至ったと伝えられています。52歳の働き盛りでした。当アルバムは彼の最後の録音となったもの。ドイチュが追悼に書いた文章が掲載されています。ヘッツェルは忙しい合間を縫っての録音ながら、エネルギーに満ちていて、ひとつの楽章を7回も8回も弾いてから、録音にのぞんでいたとのいうエピソードは興味深いところです。なお和訳はドイッチュの夫人 鮫島有美子女史。
−余談ながら、「ゲルハルト」とされることが多いドイツ人の名を、当アルバムでは「ゲアハルト」と私と同様の表記をしているのは少し嬉しいところ。他方 驚天動地であったのは、浅里公三氏の名字が「あさり」と書かれていること。何十年も「あさざと」だと思っていました…。
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